大判例

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東京高等裁判所 昭和55年(う)1401号 判決

本店所在地

群馬県富岡市富岡一五八番地

土屋製麺有限会社

右代表者代表取締役

土屋茂

本籍及び住居

群馬県富岡市富岡一五八番地

会社役員

土屋茂

昭和七年一二月一二日生

右両名に対する法人税法違反各被告事件について、昭和五五年六月二六日前橋地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告法人及び被告人から控訴の申立があったので、当裁判所は、検察官宮本喜光出席のうえ審理をし、次のとおり判決する。

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人高橋伸二、同高橋勉連名の控訴趣意書に、これに対する答弁は検察官宮本喜光名義の答弁書に各記載されたとおりであるから、これらを引用する。

所論は、要するに原判決の量刑は重過ぎて不当であり、特に被告会社を罰金一、二〇〇万円に処した点は、企業の存続を危うくするものであって不当である、というのである。

そこで、検討すると、本件は生麺の製造、販売等を営業目的とする被告人土屋製麺有限会社(以下被告会社という)の代表取締役である被告人土屋茂が、経理事務を担当していた妻土屋幸子と共謀のうえ、同社の業務に関し法人税を免れようと企て、売上の一部を除外し、簿外預金を蓄積するなどの方法により所得を秘匿して、昭和五一年三月から同五四年二月までの三事業年度にわたり各虚偽過少申告をなし、実際の総所得金額が一億三、四二三万七、三六四円であったのに、これが合計四一五万一、五九〇円である旨申告し、三年分の法人税合計四、九九七万七、九〇〇円を免れたという事案であるが、申告率は年平均約三・一パーセントと極めて低く、税逋脱率は年平均約九七・九パーセントと極めて高く、一年度の逋脱税額も一、五〇〇万円台から一、八〇〇万円台の高額に及んでいること、所得秘匿の手段も、数年前から行っていた売上の一部除外の方法を継続し、二重帳簿を作成して売上の三割ないし四割の部分を除外し、簿外預金の蓄積につとめていたものであって、長期にわたる計画的、反復的なものであること、被告人土屋の納税意識が稀薄であったと見られることからすると、脱税事犯としての犯情はかなり悪質であるといわざるを得ない。

所論は、本件犯行は、主に前記土屋幸子が被告人土屋の愛人関係を知って、金銭に強い執着をみせ、夫に金銭を自由にさせないようにし、がむしゃらに貯蓄をしようとして行ったものであり、被告会社及び被告人土屋においても製麺業の将来に不安を感じ、業界で生き抜くためには販売部門の新設が必要で、その資金作りが必要であると考え、中小企業の生存を保つためやむなく行ったものであるから、その動機態様には同情に値するものがあるというけれども、関係証拠によれば、被告人土屋は昭和五〇年ころから製麺業界の情勢を見て販売部門新設の必要を感じ、その資金として一億円程度を用意する必要があると考え、以前から裏金を作るため、売上の一部除外を指示していた妻幸子に右計画の方針を説明し、同女に指示して引続き売上の除外を行わせていたもので、その間において同女が被告人土屋の愛人関係を知って悩み、金銭に執着を持つようになったこともあるが、このことにより同女がことさら脱税に走ったとまでは認められず、本件において被告人土屋の役割が最も大であることは否定できない。また中小企業の生存を保つためという目的が脱税を正当化する事由とならないことはいうまでもない。そうすると、他方で、被告人土屋が倹約に努めながら事業に精励し、原判示の実際所得をあげるまでにいたったこと、被告会社が本件脱税にかかる本税約五、〇〇〇万円のほか、延滞税・加算税等合計六、六〇〇万円の納付を余儀なくされ、その預貯金の大部分を費し、なお分割弁済をせざるを得ない経営状態に陥っていること、被告人土屋に犯罪歴がないことその他所論の指摘する諸事情を十分斟酌しても、被告人土屋を懲役一年、三年間執行猶予に、被告会社を逋脱額の約二四パーセントにあたる罰金一、二〇〇万円に処した原判決の量刑は相当であって、これが重過ぎて不当であるとはいえない。論旨は理由がない。

よって、刑訴法三九六条により本件各控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 海老原震一 裁判官 和田保 裁判官 杉山英己)

○ 昭和五五年(う)第一四〇一号

控訴趣意書

被告人 土屋製麺有限会社

同 土屋茂

右の者らに対する法人税法違反被告事件につき、控訴の趣意は次のとおりである。

昭和五五年九月三日

右弁護人 高橋伸二

同 高橋勉

東京高等裁判所第一刑事部

御中

原判決の表示

被告人土屋製麺有限会社を罰金一、二〇〇万円に、被告人土屋茂を懲役一年に処する。

被告人土屋茂に対し、この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

控訴の趣意

原判決は全部不服であるのでこれが破棄を求める。

控訴の理由

原判決には以下に詳述するような事情により、量刑不当の違法が認められるので刑事訴訟法第三八一条に基づき破棄されるべきである。

第一 犯情

一 動機

1 被告人土屋製麺有限会社(以下被告人会社という)が本件犯行を行ったのは、被告人土屋茂(以下被告人茂という)の妻土屋幸子のがむしゃらな貯蓄によるところが大きい。

(1) 土屋幸子は本件犯行当時、被告人会社の経理を一切担当していた。

(2) 右土屋幸子は夫である被告人茂に、愛人とその間に出来た二人の子供がいることを昭和四九年ころ知り、金銭に強い執着をみせるようになった。

そのため、被告人茂に金銭を自由にさせないようになった。被告人会社は事実上被告人茂の個人経営に等しいため、妻幸子は被告人会社の金を、夫被告人茂の所持する金員と同視して経理の一切を担当する立場から、これを貯蓄に回してしまい、被告人会社の脱税という形になってしまったものである。

(3) さらに、被告人会社の隠し預金額が急増したのは、昭和四九年ころから被告人茂の努力により、スーパー用麺類の新製品の開発と給食用麺類の売り込みに成功したことから、売上げが急増したのにこれを妻幸子がそれまでと同様に安易に処理してしまったという事情、及び銀行の者が妻幸子に隠し預金の方法を教えたり勧誘したことにも基因している。

2 被告人会社及び被告人茂も製麺業の将来に不安を感じ、大企業の麺類進出に対抗し又は生き抜くのには設備の近代化を図り、販売部門を作ることが必要と考え、その資金を作ることを目標にしていたことも事実ではある。

しかし、これとても一中小企業が自己の生存を保つためのものであり、採用した手段において非難の余地はあっても、動機において同情に価するものと思料する次第である。

二 犯行形態と犯意

1 本件犯行は、経理一切を管理していた妻が単純に売上金額を著しく落して記帳し、除外した売上金を単に架空人を含め様々の個人名義で銀行に定期預金することを中心に所得を蓄積したという極めて単純な形態のものである。

このような単純な形態であるため、不動産を買ったりすれば当然にその所得の源泉が追求されることは目にみえており、本件犯行も容易に発覚したものであって、計画性、悪質性の少ないものである。

2 被告人茂は、隠し預金の額等は本件発覚後確知し得たものであり、これを生み出す方法については妻が取り仕切っていたのであるから、おおよその認識はあっても、被告人茂が特別の指示命令を出したものではなく、犯意そのものが大まか抽象的であって悪質性に欠けている。

三 利潤を生み出すための被告人茂の努力と労働

1 被告人茂は開業のころから現在まで朝五時に起床し、六時前から工場に入ってボイラーに点火し、ミキサー三台に粉末などの原料を入れて麺の素を練り上げておき、従業員の働き始める午前八時以降は、夜一〇時頃まで麺製品の販売と新たな得意先開拓のために車で走り回るという、常人では考えられないほどの労働をしているのである。

又、被告人茂は長時間働くというだけでなく、麺の製造についても工夫を重ね、被告人茂でなければ出せない各種の麺製品を開発したもので、早朝の麺の素を練り上げる作業などはまさに被告人茂でなければ出来ない特殊技能である。

このような被告人茂の努力と工夫は、本件犯行のために行われたものではなく、正に会社の収益をあげんとしたためであって、この点においては充分に評価し得るものである。

2 被告人茂は、この四年間月収一五万円で、事情により手取五万円前後の収入しかなかった。

しかし、これだけ多額の売上げのある会社の代表者としてはあまりに個人所得は少な過ぎ、生活も切り詰めたものである。被告人茂が会社の売上げから月収一〇〇万円を受け、会社経費を充分に使えば本件の如き多額の脱税に至らなかったとも考えられる事案である。

第二 被告人らの受けた制裁

一 被告人会社の納付した税額負担及び罰金

1 被告人会社は昭和五五年六月一七日までに、過去三年間被告人会社が本来納付すべき税額の約五、〇〇〇万円を一括納付し、右本税に対する延滞税、加算税等合計金六、六〇〇万円の納税を余儀なくされ、現にそのうち金四、五〇〇万円を納付して残金二、一〇〇万円は一括支払が出来ないため、不動産を担保にして分割弁済を約している。

すでに金六、六〇〇万円にのぼる制裁金としての税金を課せられている会社に対し、本件判決は金一、二〇〇万円の罰金の支払を命じている。

2 被告人会社はすでに右税金の負担だけで会社存続についても重大な局面に置かれてしまった。

被告人会社は本件により預貯金の大部分を失い、未払の税金約二、一〇〇万円を残し、その他に銀行の借財三、〇〇〇万円がある。

さらに被告人会社は、これからも存続し一八名の従業員を養うために必要な設備投資と店舗開店のために、今後も多額の資金を必要としている。

3 このような状況の被告人会社に対して、罰金としてさらに一、二〇〇万円を支払えということは倒産せよというに等しいのである。

加算税負担と罰金とを比較すれば、前者は行政罰であり後者は刑罰であるとの相違があり、二重処罰の禁止に反しないことは当然である。

しかし、二重処罰の禁止に触れないという考え方はあくまでも処罰をする側から見た場合である。

これを処罰される被告人会社の立場よりすれば、行政罰も刑罰も制裁としては同じ趣旨であるうえ、いづれの制裁も、これは国家が課すものであって、納付する相手側も同一なのである。

理論として、本件が二重処罰ではないとしても制裁を受ける立場からみれば二重に処罰されているのだという現実に立脚して判断されるべきである。

4 又、法人税法違反者に対する制裁の目的は、違反者の生存をおびやかすことではない。

一般世論としても脱税者に対しては、悪いことをして儲けたのだからいくらでも金を取り立てて、生活ができなくなってもかまわないという怒りが向けられ易いものである。

しかし、被告人会社の利益は正当な業務につき、経営者の創意工夫及び異常な日夜の努力によるものであり、脱税会社にも従業員があり、彼ら労働者の生活を考えるならば、脱税会社の存続を危うくする程の処罰は不適切であるといわざるを得ない。

二 被告人茂に対する制裁

1 経済的負担

被告人茂は、営々二〇年間労働をしても特に大きな資産を築き上げたわけではなかったうえ、わずかに残された資産の下仁田町の宅地も、富岡市黒岩に取得した麺類直売店舗の建設用地も、税務署の指導によって個人資産ではなく会社資産として会社名義に登記をしたため、個人の資産は全く存しなくなった。

しかも、その一方で会社借入の保証責任だけは残っているのである。

2 この保証債務を負い、一八名の従業員の生活を支えるためには、被告人茂は今まで以上の労働を続けて行かなくてはならないのである。

第三 まとめ

被告人らの本件犯行に対する原審の判決は、前記諸事情に照らせば重きに失し、被告人らの生存をもおびやかすものであって、刑罰の目的を結果として逸脱してしまうものであるから、原判決破棄のうえ、御寛大なる御判決を賜りますようお願いする次第であります。

以上

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